既存SaaSのモバイル体験を改善する優先順位
「アクセス解析を見たらモバイル比率がとっくに4割を超えていた」——PCのブラウザで使う前提で設計したSaaSに、後からスマホ経由のユーザーが増えていくケースは珍しくありません。営業担当が外出先で確認したい、現場の担当者がタブレットで入力したい、といった使われ方が後付けで発生し、気づいたときには「ボタンが押しにくい」「表がはみ出す」といった苦情がサポートに溜まっている状態です。
やっかいなのは、モバイルの使いづらさは離脱として数字に表れにくいことです。ユーザーは「動かない」とは報告せず、単に開かなくなるだけ。この記事では、既存SaaSのモバイル体験を改善するときの優先順位のつけ方と、よくある問題の見分け方を発注者向けに整理します。
まず「どの画面が」「どれだけ」モバイルで使われているかを見る
改善の前に必ずやるべきなのがここです。感覚や声の大きいクレームだけで着手すると、実は使用頻度の低い画面に予算を使ってしまいます。
- アクセス解析(GA4等)でページ/画面単位のデバイス比率を出す。プロダクト全体の「モバイル比率30%」という数字だけでは判断材料にならず、画面ごとの比率が必要
- ログイン後の主要導線(ダッシュボード、一覧、入力フォームなど)を利用頻度順に並べ、モバイル比率と掛け合わせて優先度を決める
- サポート問い合わせやチャーン理由に「スマホで使えない」系のワードが出ていないか、過去ログを検索する
典型的には「一覧・詳細の閲覧はモバイル比率が高いが、複雑な設定画面はほぼPCからしか使われていない」という偏りが出ます。閲覧系から手を付け、複雑な設定・管理系は後回しにするのが基本の順序です。
よくある症状と、それぞれの直しやすさ
モバイルの使いづらさは一括りにされがちですが、原因ごとに改修コストがまったく違います。
- タップ領域が小さい: PC向けのマウス操作を前提にした小さいアイコンボタンや、行間の詰まったリンク。CSSの調整だけで直せることが多く、投資対効果が最も高い
- 横スクロールが発生する: 固定幅で組まれたレイアウト、
px指定のコンテナ幅、テーブルのカラム数が多すぎる。原因箇所の特定は簡単だが、直すとレイアウトの前提が崩れることがあり中程度の工数 - 入力フォームが使いにくい: 数値入力なのに
type="text"でスマホの数字キーボードが出ない、日付選択がネイティブUIでなく重いJSウィジェット、セレクトボックスが小さすぎてタップミスする。inputのtype属性を直すだけで改善する箇所と、ウィジェット自体の置き換えが要る箇所が混在する - 表・ダッシュボードが崩れる: 業務系SaaSに多い、列数の多いテーブルや複数グラフを並べたダッシュボード。モバイルで同じ情報密度を保とうとすると破綻するため、情報設計からやり直しが必要で最も工数がかかる
- 表示・操作が重い: PC向けに最適化された大きな画像、一覧の全件同時レンダリング、重いJSライブラリがモバイル回線・非力なCPUで顕在化する。
slow-nextjs-page-speed-auditで扱うパフォーマンス改善と重なる領域
この5つは対応コストの差が大きいので、症状を混同せずに切り分けることが優先順位づけの精度を左右します。Next.jsページの表示速度を計測して改善する方法 も合わせて参考にしてください。
レスポンシブ改修で足りるか、専用UIが要るか
ここが判断の分かれ道です。ほとんどの相談は「今のUIをスマホでも見られるようにしたい」ですが、実際に必要なのは2種類に分かれます。
- レスポンシブ改修で足りるケース: 閲覧・簡易入力が中心で、画面あたりの情報量がもともとそこまで多くない。CSSのブレークポイント追加、タップ領域の拡大、フォーム部品の見直しで対応でき、既存のHTML/コンポーネントを流用できるため比較的安価
- モバイル専用UI(別レイアウト・別コンポーネント)が要るケース: ダッシュボードや複雑な業務フローのように、PCとスマホで見せる情報量・操作導線そのものを変える必要がある場合。同じデータを異なる構造で出すことになるため、実質的に該当画面を作り直すコストがかかる
- ネイティブアプリ化が要るケース: プッシュ通知、オフライン利用、カメラ・位置情報など、ブラウザでは代替しにくい機能が必須要件のとき。SaaSのモバイル改善の初手としては稀で、まずWebで体験を改善してから検討するのが定石
判断基準はシンプルで、「情報量・操作を減らせば成立する画面」はレスポンシブ改修、「減らすと機能が成立しない画面」は専用UIです。前者を専用UIで作ると過剰投資になり、後者をレスポンシブ改修だけで済ませようとすると使いにくいまま残ります。
いきなり全画面をやらない
モバイル対応の依頼で最も多い失敗が、「全画面を一斉にレスポンシブ化する」計画を立てて途中で予算切れになることです。
- 最初のステップで確認した「利用頻度 × モバイル比率」が高い画面から着手し、1〜2画面ずつリリースして反応を見る
- 全画面の設計を先に固めてから実装する進め方は、途中で優先順位が変わったときに手戻りが大きい。画面単位で完結させ、リリースを刻む方が既存サービスの改修には向く
- 管理画面や設定画面など、そもそもモバイル利用がほぼない画面は対象から明確に外す。「一応スマホ対応しておく」は工数だけ食って効果が出ない典型パターン
外注する場合の進め方
外部に依頼する場合、いきなり全画面の見積もりを取るのではなく、次の順で進めると精度が上がります。
- 診断フェーズ: 上記のアクセス解析と画面別の症状洗い出しを外部チームに依頼し、優先順位表を作ってもらう
- 1〜2画面の先行改修: 最も効果が見込める画面で改修とリリースを行い、実際の離脱率・利用継続率の変化を見る
- 横展開の判断: 先行改修の効果を見てから、残りの画面に展開するかどうか・レスポンシブか専用UIかを画面ごとに再判断する
最初から全画面の要件定義書を作ろうとすると、着手までに時間がかかるうえ、実際に触ってみないと分からない崩れ方(実機・実データでしか再現しない表の崩れなど)が仕様書に反映できません。既存プロダクトの改善では、外部チームが最初に見る観点 と同様に、小さく検証しながら進める方が手戻りが少なくなります。
まとめ
- モバイル改善は感覚ではなく、画面ごとの利用頻度とモバイル比率を掛け合わせて優先順位を決める
- タップ領域・横スクロール・入力・表崩れ・パフォーマンスは原因も改修コストも別物なので、症状を切り分けてから見積もる
- 「情報を減らせば成立するか」でレスポンシブ改修と専用UIを判断し、全画面を一斉に手を付けず画面単位でリリースを刻む
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